8年ほど前、スーパーでレジ打ちのアルバイトをしていました。
そのスーパーでは当初、五千円札をお釣りとして用意しておらず、千円札の用意のみでした。使用できるのはお客様がお支払いの時に出してくださった五千円札のみなのです。それも1日の終わりに回収されて、翌日にはすべて千円札として用意されるので、働いている従業員からすると五千円札は貴重でした。

五千円札の用意がなくてもお釣りが返せますが、例えば200円くらいのお会計に対して、お客様が一万円札を出されると、お釣りのうち9,000円分はすべて千円札でお返しすることになります。
「すべて千円札になりますがよろしいですか?」と聞きますが、お客様の方も「五千円札はないの?」と怪訝そうなお顔をされる方も少なくない状況でした。
中には五千円札が欲しいために一万円札をくずすお客様もいらっしゃるので、お釣りがすべて千円札と分かると、それなら手持ちの千円札で払うと仰る方もいらっしゃいました。そのようなやりとりが日常的にあったのです。

ある時から、毎週水曜日の午後4時からタイムセールが習慣化されました。卵1パック10個入りで98円です。もちろん、個数制限があります。この時は毎回すごい人が集まり、タイムセール前から売場には長蛇の列ができます。そして、タイムセールが始まったあとは今度はレジが長蛇の列になるのです。

この時に、五千円札がないとかなりのタイムロスになります。ひとりひとりの時間は短くても、その時間が積もっていけば時間は長引きます。ただでさえ、タイムセールの影響でお客様の列ができているのに、お会計時のやりとりに時間がかかってしまっては痛手になります。

そのため、タイムセールのある日は予め五千円をためておくということがレジ担当者の間で行なわれるようになりました。タイムセール時にお会計をスムーズに流し、混雑を少しでも緩和しようという意図がありました。
もちろん、私もその対応をおこなっていました。五千円札をなるべく多くためるため、タイムセール時以外のお会計では、五千円札が手元にあっても「すべて千円札でのお返しになります」とお伝えしていました。

ところがある日、私がそのように対応したところ一人のお客様が会計後に、サービスカウンターへ訴えにいきました。「なんで五千円札で返してくれないのか?」と。すると、リーダーが私のところに来て、本当に五千円がないかと尋ねます。私は「ありますけど…」と答えました。リーダーの後方から先ほどのお客様がやって来て、「どうして五千円札をくれないの!?」と大声を上げて訴えてきました。

私は正直に「夕方からタイムセールがあるのでそのためにストックしておきたかったんです」と伝えましたが、お客様は当然納得されるわけがありません。「それはそっちの都合でしょ!!」と仰います。そこで私もつい苛立ってしまい、「そうですよ。だから何ですか?」と言ってしまったのです。私の言葉を聞いたお客様は涙を浮かべてその場から立ち去ってしまいました。

このとき、どうすれば良かったんだろうと考えました。まず、私がお客様にとった態度は最悪でした。やはりウソをつくことはよくないし、売り言葉に買い言葉で対応せずに冷静になるべきでした。

そして、そもそもなぜそのようなウソをつく羽目になったのか。それを考えると、会社全体のシステムに原因があると思い至りました。たまたま私がこのトラブルに遭いましたが、レジの担当者全員が五千円札ストックを対策としてやっていたことを考えると、私がこの時冷静に対処したとしても、別のスタッフのところで同じことが起こる可能性があります。

スタッフが五千円札ストックをやめるのが一番良いのですが、そうするとタイムセール時の混雑が厳しくなります。そのためには、きちんと会社側が五千円札を用意することだと思いました。会社側は五千円札を予め用意するのは手間がかかるという理由で対応していなかったようなのですが、この一件を機に訴えたことできちんと用意されるようになりました。

個人のレベルで対応できる問題と、会社全体として対応が必要な問題があることが分かりました。この経験のあと、どのような仕事においてもそれぞれの立場から考え、それぞれにとって一番良い形となる方法を検討していく視点を得ることができました。